好きなだけ

人の狂気に惹かれる双子座

あの夜のことを

風も冷たい9月の夜のことを。

 

 

私は東京にいた。

東京は池袋、サンシャインシティ

隣には桐山担の友人。

「大切な自担の舞台があるねん」と言い、チケットをもぎ取ってきた。

「あなたと一緒に舞台を見たいし、お祝いしたい」と贅沢な依頼を受けて、私たちは東京に降り立った。

そして、舞台はサンシャイン劇場

松本幸四郎主演『AMADEUS』

私たちは、最前席のセンターにいた。


※ネタバレありません※

 

 

「5番席だから、いい格好をしなくちゃね」と話していた私たちは、おろしたてのワンピースと普段は付けないような装飾品を身につけて出発した。

良い席じゃないか。良い席を引き当てたね。と、笑いながら劇場にたどり着き、高揚感と緊張感で胸がいっぱいだった。

笑ってはいたものの、桐山担の友人はほぼ死にかけていた。

サンシャインシティを歩けば、所々アマデウスのポスターが掲示されている。それを見つけるたびに、友人は「オォン……」と人ならぬ呻きを漏らしていた。

彼女にとって開場までの時間は、どんな感覚だったのだろう。

 

17:30 開場

綺麗なチケットを手に、ついにホールへ。

サンシャイン劇場は、赤を基調とした美しいホールだった。奥行きがあるため、こじんまりとしつつも、狭さを感じさせない造り。

周囲にはオレンジ色のアクセサリーやかばん、洋服を身にまとった女性がちらほらといて、「あなた!あなたも桐山くんが好きなんですね?!」と静かに興奮していた。

これから舞台が始まるのね。と、ようやく実感していた。

私はジャニーズアイドルが出演する舞台に行ったことがなかったので、初めての感覚がとても楽しかった。

チケットを確認しながら自分の席へ向かう。

5番、良い席だ。

番号のふられた背もたれを確認しながら、ホールの階段をおりる。

11,…10,………おや?

だいぶ前の方だな、と気が付いたときには背筋がぞわっとするような感覚が走った。

8,……7,………6,…………。

 

最 前 席 や な い け 

 

席に到着してからの記憶が少々ぶっ飛んだ。

友人は「イッタン ソトニデヨウ」と言い、二人でそっと席を離れた。

自販機が置かれた通路に、二人で無言で集まる。

止まっていた息を吹き返すように、「えぇっ????!!!」と声が出た。

どうしよう、どうしよう。とりあえず楽しもう。そうだ、楽しもう。でも5番と書いてるやん。こんなん聞いてへんやん。最前線なんてアイドルを応援して初めてのことやねんけど、私このあと死ぬのかな??????????遺書か、遺書を準備すればいいのか?????????????????

分かりやすく我々はパニックに陥った。

とりあえず自販機で水を買い、後悔のないようにと話し合ってホールへ再び入った。

座席に戻って、私はホールを振り返った。

広い。大きい。たくさんの人。

そうか、舞台からはこんなふうに見えるのか。

舞台の上から見るのとはまた違うとは分かってはいるものの、最前席で振り返ってみた観衆の景色を私は目に焼き付けた。

舞台ギリギリのライトが、最前席にもあたる。

なんとなく、自分も舞台のライトに照らされている感覚になって、妙に張り切った。

ジャニーズWESTのファンとして恥ずかしくない立ち振る舞いを」と、誰も見ていないくせに背筋を普段よりグッと伸ばした。

ちょっと背伸びして買ったワンピースを着てきた自分を心から褒めた。

今まで(ジャニーズに関係の無い)数多くの舞台やミュージカルを観てきたが、最前線は生まれて初めてだった。

舞台の上の大道具、小道具が見える。こまかく見える。

舞台を彩る飾りもよく見える。最前線は、舞台との境界線が曖昧だ。

果たして自分は、正気を保ってられるのか。なんて思い詰めるほどソワソワしてきた中で、主役がそっと現れた。

 

誰も気付かないくらいそっと。

そっと、カーテンの中から松本幸四郎が現れた。

そして、そっとそっと舞台中央の椅子に座った。

私はその瞬間を見たのだ。

 

隣の友人の肩を殴るように叩いて、「来たよ?!!」と指さした。

開演まであと10分ほど。もう始まったのか。

彼は、観客が「楽しみだねー」「トイレ並んでた!」「照史くんはさー」という、話し声に耳を傾けて開演までの時間を待つのだ。

あまりのことに、私は食い入るように彼の後ろ姿を見つめた。

なんとなくこの場に不似合いな気がしてたまらず、自分のシルバーのネックレスをそっと外して鞄にしまった。

 

そして18:00 開演

アマデウスが始まった。

最前席の景色、それは『その世界観への立ち入りを許された』ものだった。

私と演者の間に隔たりは何もない。

松本幸四郎演じる、老いサリエリは私を見つめる。

「どうか老いぼれの話を聞いてほしい」と、私に語りかける。

ここまで読んだ皆さんは、私の妄想や勘違いや自惚れだと思うだろう。

しかし、最前席は『私のために話してくれる』と感情移入できる場所なのだ。

演じる所作の一つとして、演者は視線を観客へ流す。その流れの中に自分の身を置くことができるのだ。

こんな贅沢があっていいのだろうか。と、私は末恐ろしく感じた。

流れる汗のひとつ、激昂して出た飛沫、紙の擦れる音。

それら一つひとつが目に見えて、耳に届く場所。最前席。

私は圧倒された。

 

中休憩へ入る直前に、サリエリが楽譜を放り出すシーンがある。

それが飛んで、私たちの目の前に滑って止まった。(舞台からは落ちなかった。滑り止めがあったのかもしれない)

そしてサリエリが舞台から去り、ホール内が明るくなる。

観客がそれぞれふーっと息をついてから会場内は普段の様相へ戻った。感想を言い合ったり、トイレへ立つ中、私はそっと楽譜に近寄った。

もちろん触ったりはしない。ただ、「アマデウスが書き込んだ楽譜」なんて、これから一生目にすることはないだろう。私の目の前に滑り込んできたのもなにかの運命。私は楽譜を覗き込んだ。

そこには、緻密に書き込まれたスコア。

様々な楽器のパートを、手書きで多量の音符が埋めている。

これをアマデウスが書いたのか。そして、サリエリを絶望へ叩き込んだのか。

舞台袖から現れた宮廷の衛兵たちが、丁寧に楽譜を回収していくまで私は呆然とした。

そして、再度身なりを整え、足を揃えて着席した。

普段は、ガハハと大声で笑いながら足もきちんとしまえないような女だ。それが今では、「きちんとせねば」という責務で人知れず緊張していた。

頭の中は、演者たちの言葉や所作がリフレインして止まらなかった。

最前席に座っている私は、日本ではなくオーストリアにいるようだった。

 

終演までの怒濤の迫力を見届け、カーテンコールにキャストたちが全員現れた。

なんと最後のカーテンコールはスタンディングオーべーションだった。

誰とも言わず立ち上がり、私たちも万感の思いで立ち上がり拍手した。

目の前には桐山照史くんが、客席を眺めて「すごーい」と嬉しそうにお辞儀する。とても近い。

「私たちはあなたを応援しているんだよ。ここまで呼んでくれてありがとう」

と、心の中で呟いた。

桐山くんと目があった。もちろん、彼の無意識な視線の中の一人として。

それでも、拍手して彼らがカーテンの中へ消えてゆくのを最後まで見届けられた私の胸中は満たされていた。

近くて良かったと一概に言いたいのではない。桐山くんが近くて最良ではない。

本当に偉大な舞台だった。

日本で長く愛され継がれてきた『AMADEUS』の舞台は、観る者に強い感情をぶつけて響かせてくれる。

私はこう生きた。あなたはどう生きる。

そんな言葉にならない想いを、舞台全体と体いっぱいを使い、心を剥き出しにして私たちに伝えてくれた。

陳腐な言葉だけれども、まさに不朽の名作だった。

 

誰もいなくなった舞台を、友人はいつまでも見つめていた。

ひとしきり見つめた後、そっと小さく礼をした。

ホールから立ち去る直前にも、名残惜しそうに振り返りまた小さく礼をした。

愛が美しいな、と私は思った。

 

人で溢れかえった会場をかき分けながら私たちは黙って歩いていた。

後ろで若い女性が「よく分かんなかったから寝てた」と笑いながら話しているのが耳に入り、一番最初に聞いた感想がそれだったことが悔しかった。

どんなことから言おうか。

この想いをどう伝えればいいだろうか。

少し考えながら会場を出て少し歩いた先で、私はありったけの想いをこめて友人に言った。

「私たちの誇りだね」と。

 

 

結局この記事は、私の自慢話だけの嫌味ったらしい内容で終わるのかもしれない。

最前席が当たってうれぴー!わーい、わーい!!

という、周囲の人間をただひたすらマウントするゴリラのような記事になったかもしれない。

でも、まだ最前席を座ったことのない人は感じたことがないだろうか?

「最前席の人はどんな気持ちなんだろう」と。

後ろの席に座り、舞台を見つめて、自然と「最前席の人は幸せだろうなぁ」と、ぼんやり羨望したことはないだろうか。中には悔しくて憎く感じる人もいるだろう。

私もコンサートはいつも天井席なので、アリーナ席や通路近くの席の人が羨ましくて仕方がなかった。

そこから見える景色は一体どんなものだろうと、想像をめぐらせたりしていた。

この記事は、そんな疑問に少しでも応えられれば幸いだし、私自身としては「あの景色を忘れたくない」という気持ちで書き上げた。

ちなみに最前席に行くと、「生きていて良かった」「明日からの日々のために、今夜があった」と生きる希望が油田のように湧き上がるので(当社比)、皆さんどうか生き長らえて最前席に行ける日を待ってください。

 

 最後になりましたが、桐山照史くん。舞台W主演の抜擢おめでとうございます。

我が軍の俳優枠切り込み隊長として、これからも ますますのご活躍を応援しています。