好きなだけ

人の狂気に惹かれる双子座

これからも甲本ヒロトが好きな渋谷すばると私のことを

 

 

もう6月ですか。早いものですね。

 

 

4月に発表された突然の知らせに呆然としていたら、いつの間にかふた月も時間が経っていたなんて、自分でもよく分かっておりません。

いやはや、もう1年の半分も終わっていたんですね。しかしこれを意識しだすと、自分の寿命ですら足早に去っていきそうな錯覚が起きるので、このへんでやめておきましょう。

 

このふた月の間に、この辺鄙なブログを覗いた人はいるのでしょうか。

甲本ヒロトのパンクロックDNAを引き継いだ人間がいる」と大騒ぎしていた人間のブログです。そりゃあ他人事ながら「あいつ息してんのかな……?」と心配になった人がいると思います。このブログを知っている友人はめちゃくちゃ心配していました。

しかし現実の私はもちろんちゃんと息していましたし、呆然としつつも仕事をやらねばなりませんし家のことも回さなくてはなりません。

周囲が心配しているよりも、比較的冷静に事の成り行きを見守っていました。

今となっては、冷静に大きく取り乱さずいれたのは関ジャニ∞の真摯かつ誠実な会見を見ることができたおかげであると理解できます。

 

脱退疑惑の報道がすっぱ抜かれ、世間は「マスコミはまたな~にを言ってんだか」と一抹の不安を抱えつつあしらっていた最中、「明日緊急記者会見やります」の一報。

私はそのとき、梅田行き阪急電車に乗ってジャニーズショップへ向かっていました。

風に晒される砂城のごときアニメ・コミック界隈において、「いまの推し」が突然世間から消え失せる恐怖が身に染みている私は、いてもたってもいられない衝動そのままにジャニショへ向かい紙とペンを握りしめて写真を選んでいました。

いつもと変わらぬ笑顔を目の前に、私の足下はスポンジのようにグラグラ揺れる感覚を覚えました。

この笑顔が、いつか目の前から消えてしまうかもしれない恐怖。

つい昨日まで当たり前だった存在が、今日になって突然あやふやになってしまう不安。

 

え?いなくなってしまうの?

 

言葉にできない想いを口の中で租借しながら、私は数枚の写真を購入しました。

周囲の女性たちは、みんな思い思いの推しを探している。ジャニショは普段通りの様相で、誰も関ジャニ∞のブースに詰め寄ったりしていませんでした。

いつも通りの日常。

いつも通りの関ジャニ∞

 

 

そして次の日、ファンクラブからメールが届きました。

 

 

 

 

 

それから今日まで私の情緒はUSJのフライングダイナソーです。

急降下と急上昇と緊急停止。やかましいわ。

どうにか自分を納得させる言葉が浮かんでも、次の瞬間には崩壊して「やっぱり嫌だ」と泣き叫んでいます。

いい大人がワンワン泣くほど、何かに夢中になって依存できて良かったね~。でもとてつもなく厄介だね~。と、もう一人の私が自分をあやします。

そして結局のところ、時間がどれだけ経っても納得しないのは、私自身が関ジャニ∞を守っていく6人に対して信用していないんだな、と実感してしまうのが一番辛いです。

酷いもんです。今まで恩恵を受けた人間の考えることじゃありません。

6人全員がかけがえのない存在に違わず、関ジャニ∞が一人抜けただけでおしまいなんてことはあり得ません。

これからも関ジャニ∞は名の通り無限大であり、末広がりです。多くの困難を超えた彼らに、超えられない試練なんてありません。

 

しかし、彼の歌声は関ジャニ∞の要であり、魂でした。

 

彼の歌声なくして関ジャニ∞が成り立つビジョンが見えません。

ここぞ、というサビやCメロに彼の歌声が入らない関ジャニ∞が想像できません。

言わせてくれ。ごめんなさい。言わせてください。

 

私にとって彼の歌声は関ジャニ∞でした。

 

関ジャニ∞には彼がいるから安心だと。どこまでも行けると。

日本国中、いや、世界中にだって飛び出せられる。その絶対的な自信の要が彼の歌声だったと。

酷いファンだ。なんて血も涙もない。情けはないのか。

お前なんてファンを、エイターを名乗る資格はない。くそくらえだ。

それはごもっとも。何も反論できない。

でもそれでも私は、こんな私だけども、

関ジャニ∞を応援していきたい。これからもファンであり続けたい。

 

私が辛くて悲しくて絶望に叩きのめされたとき、手をさしのべてくれた関ジャニ∞。その関ジャニ∞が窮地に立たされたいま、今度は私が関ジャニ∞を応援する番じゃないのか。恩義があるのなら、今こそ私というファンの一人が関ジャニ∞を守るべきではないのか。

それは思い上がりやつけあがりの「守る」ではなく、「ファンであり続けること」が結果的に自分の心を救う唯一の手段だと、私は思っています。

今はまだ不安だけが大きく、信じられるものはなにもないかもしれない。だけど、6人の関ジャニ∞をしっかりと見届けたい。それが、私の恩義。

 

彼の歌声なくした関ジャニ∞がどうなっていくのか、不安と戸惑いしかありません。

でもそれはきっとメンバーも同様です。分かり切っていた未来ではなかったはずです。そして他のエイターさんたちも大きな不安を抱えているはずです。

みんながみんな不安と恐怖と闘って、この夏のツアーを迎えようとしているのです。

私は一人きりではないこと。

不安なのは私だけではないこと。

6人だけの関ジャニ∞を信じ切れないのは私だけではないこと。

それらひっくるめて、私は自分の心の成り行きと関ジャニ∞の行く末を見届けたいと思います。

彼の愛した関ジャニ∞を、これからも愛していきたいです。

 

 

私はなんとか生きています。

みなさんは、どうですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

twitter.com

 

 

 

 

すばるくん。

すばるくん。

 

世界を駆け抜けろ。

 

 

あなたの愛した音楽が、あなたを形成している。

 

あなたの生み出す音楽が、誰かの愛する音楽になる。

 

 

横山さんが、ヒナちゃんが、まるるが、りょぉちゃんが、安田くんが、大倉くんが、あなたを解き放ったように。

私もあなたを世界に解き放つ。

 

これは別れの言葉なのか、愛の言葉なのか。

 

 

エイトビート

 

エイトビート

 

 

 

 

 

https://twitter.com/saikounandaze/status/983627407478304768

If or...Xを経た私のことを (後日加筆03/27)

 

 

暦の上では春ですが、まだまだ厳しい寒さが続きます……。

 

 

そんな書き出しの文章をひねり出している村上担が続出していた春、『If or...』の季節。

ホールには手紙ボックス(というよりは『アンケート集計』と書かれていた100均の箱)が現れ、「読んでもらえないとしても…」と筆をとる村上担の姿が身内ながら美しかった。

「今から筆ペン講座に受講するしかない」と慌てふためく姿も愛らしくて素敵だった。

そして「読んでへん」と担当自ら発せられたことによる、ファン全員の「でしょうね!!」という唱和が完璧だった。

 

If or...X。

 

最初に感想を述べてしまうが、「愛の舞台」だった。

舞台が恋愛をテーマにしたという話では全くなく、舞台全体を通して始終そこに横たわっていたのは大きな愛だった。

村上信五への愛しかり、ファンへの愛しかり、創造することへの愛しかり。「愛」という概念なくして、私はこの舞台を語ることはできない。

 

If or...X。

 

まさかの10年目という大きな節目に初観劇を果たした私は、魂をサンケイホールへ置いてきてしまったままだ。

 

If or...X。

 

JAM魂では「こんな素晴らしいジャニーズアイドルがいるなら、みんな早く言ってよ!!!」と誰とも知らないエイタ―さんにブチ切れていた私が、「みんな…早く言ってよ……。いや、でも……言いたくないよな…………。内緒話だもんな……………」と天を仰いで泣いている。

 

確かにこの足は職場の床についているけれども、心はどこにも地に足ついていない。

業務中にふと足を止めて思い返すのは、彼の一挙手一投足。喜怒哀楽豊かな表情。自他共に認める二重の美しさ。

私の魂はサンケイホールへ置いてきてしまったままだ。

せめて明日からヒナちゃんが眼前にいない日々を乗り越えるために、つたない文章であの日のことを書き残しておく。

この文章を見れば痩せるわけでもない。身内の病気が治るわけでもない。ただただ独りのオタクがおいおい愚図っているのを見守るだけの記事になることを、予めご了承ください。

 

 

 

『If or...X』の舞台チケットが見事当選した私は、全く一切これっぽっちも「推している人間の舞台」が待ち受けていることを実感できずに日々を過ごした。

しかし、様々な意味で荒れるだろうとは予測していたため、私の保護と管理、そして介錯を担当する人間が必要だった。そのため、去年他グループではあるが、推し舞台の最前席に座った勇気ある一人の友人に声をかけた。

罪悪感から彼女には私の介護についてもらうとは詳しく説明せず、舞台の同行を願うと彼女は快く了承してくれた。私の思惑なんて露知らず、「どうせなら特別な日にしよう」と彼女は素敵な提案をしてくれた。

そうか、特別な日なのか。

と、今までどこか他人事だった自分が、胸の片隅でキラキラと何かが輝きだしたような感覚がした。

「どうせなら」という彼女の厚意により、我々は難波のごっつええ感じのホテルに泊まり、ごっつええ感じの焼肉屋でディナーをした。

最近知ったばかりの味、黒霧島を舌でころがしながら夜に沈む難波を眺めていたら、ふと「今頃ヒナちゃんも黒霧島や二階堂を飲んでいるのだろうか」と耽った。

 

その瞬間に、さっき歩いた道頓堀でも感じていた強い衝撃が脳みそを揺さぶった。

「いま、ヒナちゃんは大阪にいる」

だからなんやねん、それがどないした。

という世界に突入しかける至極当然の事実ではあるが、やはり大阪と東京の距離は遠い。

ヒナちゃんは東京に電話線をひき、住民税を払っている。冗談めかして「大阪を捨てた」と周囲の方からいじられているが、それはひとえに人々の寂しさからくる弄りだったのだろう。

まあそれは想像でしかないが、私にとって「この大阪にヒナちゃんが『今』いる」というあまりの現実離れした事実が受け入れ難いほどの衝撃だった。距離感の近さは、現実である肯定の度合いを増す。

むせかえるような感情の波と体内のアルコールをなんとか抑えていたら、友人は「どうですか。推しの舞台前夜の気持ちは」と優しく尋ねてくれた。

ついその一瞬前に黒霧島を逆噴射しそうになっていた私は、正直に「実感がない」と答えた。

「会ったことがないから分からない」

 

どんな背丈なのか。どんな声色なのか。

どんなまなざしなのか。

どんな生き方なのか。

それらはテレビを介しては見られず、たった一度きりのコンサート参戦(天井席)でも分からなかった。

はるか彼方の輝くステージで、アイドルとしての人生を全うする姿。それが私の知るヒナちゃんの姿すべてだった。そしてそれが私にとって最初で最後のヒナちゃんだった。

だから、明日サンケイホールという決して大きくないホールに、ヒナちゃんが現れる光景が想像できない。

ヒナちゃんが、舞台に立っている姿。

とても想像を超えた世界が、明日の自分に待ち受けている事実だけはなんとか腑に落とそうと必死だった。

だが、それは至極幸福なことだと、今なら思える。

前夜は未知なる世界にオドオドと震えるばかりだったが、色々経験した自分の「知らない気持ち」に触れられるのは数少ない。そんな希望しか感じられない前夜を、希望しかない気持ちをもてたことは、客観的にみて幸福ではないか。

引き続き黒霧島を逆噴射しそうになってはいるが。

 

優しく私の拙い話を聞いて受け止めてくれる友人とは、その後もじっくり話をさせてもらった。

家のこと、仕事のこと。

私がWESTちゃんの畑から出たこと。

それを彼女はどう感じているのか。

この話は、この記事で載せるには脱線が過ぎるため書き留めない。

 

そしてその晩、酒でベロンベロンになった両名は、関ジャニ渋谷すばるの歌う『第9』に爆破し、そのまま眠りについた。

 

 

 

そして迎えた当日、私はブリーゼタワーエスカレーターにしがみついていた。

 

「このエスカレーター、上にあがっていくよ~~!!!!!」

「ホールに着いちゃうよ~~~!!!!!!!!」

と、小さな悲鳴をあげながらホールに向かっていた。

介添人の友人は「はいはい」と冷静に私の尻を叩き、なんとか無事にホールへ到着した。

会場時間を間違えて早めに来てしまったため、扉前には大勢のファンの方がいらっしゃった。

紫のセーター、紫のカバン、紫のスカート、歴代のイフオアグッズ………。

ありとあらゆる形の愛が充満していた。

私の半径うんメートル先までずっと、村上信五のことを大切に思っている人しかいない。

「なんて幸せな空間なんだろうか。みんなヒナちゃんが好きなのか」

それまで「ジャニーズが好きです」と話せば、必ず「ヒナちゃ…いやあの、村上信五くんが……」とセットで答えていたが、それを受けた周囲が返す言葉は、必ずしも嬉しい言葉ばかりではなかった。(それが100%悪意が無かったとしても)

会場にいらっしゃる全員と握手してまわりたい衝動と戦いながら、私は刻一刻と迫る開演の時間を待っていた。

様々な観劇をしてきたが、まとう会場のオーラがやわらかく穏やかだったのが印象的だった。

目の前に座っていた若い10代ほどの女の子グループと、40ほど歳の離れた女性グループが自然と会話を始めていたのが驚きで、「自担とファンは似る」という言葉を思い出していた。

会場に流れる関ジャニ∞の楽曲に、時折口ずさむ高齢の女性。

パンフレットに写るヒナちゃんをしげしげと見つめる男性。

「5年目にしてようやく当選したのよ~」と嬉しそうに話す中年の女性。

隣の見知らぬファン同士交流する若い女性。

この空間はなんて肯定的なんだろう、と感じた。

そうか(「だから」とは断言できないが)ヒナちゃんは、この場でしか見せないものがあるのか。

決して万人受けしないであろうアイドルと、そのアイドルを応援している少し肩身の狭いファンが、お互いに全て肯定してくれる場所。

なんという特別な場所なんだろう。一種の神秘性ですら感じさせる。

サンケイホールがひとつになるような美しいパワーを体感していると、舞台の照明が花火ように強く輝きだしてスーッと落とされた。

色めき立つ観客の声と様相。

会場を流れるBGMは大きくなり、そしてピタリとやんだ。

無音と暗闇。

と、次の瞬間、私の真っ正面で光るライト。


そして私はピンスポットを背に立つ、

甲冑姿の村上信五を見た。

 

 

 

 

終演後、鳴りやまない拍手が会場を埋めた。

3度流れた「本日の公演は以上です」のアナウンス。村上担の愛ある意地と根性を垣間見て、思わず笑いが出た。

全員一斉に会場を出ようと立ったため、我々は「少ししてから出よう」と客席に座り直した。

そこで私はぼんやりと、胸に押し寄せる己の感情に目を向けていた。



「良かったねぇ」

「幸せだねぇ」

どうしてそう感じるの?

 

「出会えて良かったねぇ」

「好きで良かったねぇ」

そうだねぇ。

 

「あの人があなたの自担なんだよ」

「幸せだねぇ」

 

 

私は涙をこらえることができなかった。

会場の座席で、突然涙が溢れてこぼれ落ちた。

友人はそっとハンカチを渡して見守る。そして「良かったね」と言葉を添えてくれた。

そう、全てが肯定的だった。ヒナちゃんを包むオーラも、会場を漂う空気感も、何もかもが「好き」というあたたかな愛ばかりだった。

その愛の中に自分も寄せてもらえ、私は「ヒナちゃんが好きな自分を好きに」なれそうだった。

自分を力一杯、でも優しく肯定してくれた人。場所。ファンの皆さん。

それまで「ジャニーズで誰が好きなの?」という質問と、その答えの反応にどこか傷ついていた自分を優しく抱きしめてくれた、今日というこの日。

言葉にし難い大きな愛に包まれて、私は嬉しくて嬉しくて涙が止まらなかった。

あなたを好きで良かった。

あなたに出会えて良かった。

 

会場を出た私たちは、2階渡り廊下に出てぼんやりと行き交うファンの皆さんを眺めた。

眼下でやりとりする人たち全員が、ヒナちゃんのファン。

ここにいる会場の全員が、ヒナちゃんを応援している人たち。

アンケート用紙に真剣な、でも幸せそうな顔で言葉を紡ぐ人たち。

みんなホカホカの笑顔で帰っていく。

また来年。また一年後。そんな言葉をかけ合いながら去っていく人たち。

「あかん、永遠に見てられるな??!!!!」と、私は待っていてくれた友人をつれてホールの外へ出た。ポケットから大事なものを落としたことにも気が付かず。

 

 

その日から昨日までずっと、私の魂は不在のままだった。

いつか帰ってくるだろうと思っていたがなかなか帰ってこず、なかなか苦しい期間を経た。

では何故、昨日帰ってきたのか。それはもう愚問なのだが、「関ジャニ'S エイターテイメント JAMライブDVD」が発売されたからだ。

私の始まりのコンサート。

『夢への帰り道』で、愛し君のピアノ伴奏に嘔気を伴う震えにのたうち回っていたら、彼のソロパートがきた。

 

「またあえたなら

うたいあかそう」

 

夢への帰り道を辿って、ようやく帰ってきた私の魂。

彼のことが好きだと告げても、彼にとって恥ずかしくない人として生きたい。

あなたのファンでありたい。

私もあなたのように誇り高く生きたい。

うまく言葉にできないまま終わってしまいそうだが、かの椎名林檎が私の気持ちを代弁してくれる歌を生み出している。

 

「明日はあなたを燃やす炎に向き合うこゝろが欲しいよ

もしも逢えたときは誇れる様に

テレビのなかのあなた

私のスーパースター」

ー『スーパースター』 東京事変

 

 

If or...X。

どうか観劇する最後の一人まで幸せでありますように。

 

なによりも、愛し君であるヒナちゃん。

あなたにとって幸せな瞬間が永遠に続きますように。

 

 

世界中にたくさんいるあなたのファンの、その内のたった一人より。

 





追記(03/27)



ついに迎えた千秋楽にて、村上担の春に一区切りがつけられた。


先だって発表することはもちろん、マスコミを介して発信することが当然の世界において、彼は最後の最後まで内緒話としてとっておいてくれた。

始まりあり終わりも必然ならば、いつまでもメソメソと悲しんではいられない。

むしろ、「終わり」という困難な一歩を、彼は自らの意志で踏み出していったことに深く尊敬するとともに、


「は〜〜〜〜!!!やっぱり好っきゃわ〜〜〜〜!!!!!!!」


と大の字になって仰向けに倒れている。




同行してくれた友人は、終幕の情報を聞き、こうコメントしてくれた。

「ヒナちゃんがあなたを舞台に連れてきたんだな、と思ったよ」と。

なんてロマンチストな女だろう。

あまりのロマンチックな響きに私は一人勝手に感極まって、ゴリラのような嗚咽をあげて泣き出しそうだったぜ。



ヒナちゃん。これはなんのご縁だろうか。

去年の今頃、私はあなたへ一切なんの接点も興味も無かった。

たった一つのきっかけが無ければ出会わなかったし、何かの歯車が噛み合わなければ舞台に行けなかっただろうこの世界。

私はつくづく「『あぁ、生きていて良かった』と、思う瞬間のために生きている」ことの意味を考えている。


そして、あなたが私にとっての「奇跡の人」であると、僭越ながら思い上がらせていただきたい。



ヒナちゃん。

10年分の『If or...』、本当にお疲れ様でした。

そして、あの内緒話の輪に寄せてくださり、ありがとうございました。


またいつか、村上担の皆さんと一緒になって、あなたの秘密のお話を聞けますように。



村上信五のことが

 

ヒナちゃんの誕生日に間に合わせようと大急ぎで書き上げた文章だったため、後日加筆修正いたしました。(2018/02/02)

 

 

 

 

山椒魚(よしお)』。

むかしむかしあるところに、WESTの岩屋をねぐらにしていたよしおがいた。

彼女は1年ちょいの間に、ヒナちゃんへの想いの丈をつのりにつのりすぎて、吐き出せずにいた。

どんな言葉を尽くそうが、どんな手段を尽くそうが自分の思いに叶わず、吐き出せない想いはどんどん大きくなり、彼女は岩屋から出られずにいた。

 

ところがどすこい、

ついに彼女は岩屋を抜け出し、声を大にして言った。

「ヒナちゃんが好きだ」と。

 

 

なんやかんやで、このブログでは渋谷すばるすっげえ……みんな…渋谷すばるすごいよ……」という内容のブログばかり投稿していたため、大多数の方が私の推しを忘れているのではないかと思う。

私の関ジャニ∞での推しは『村上信五』だ。

「書きたいことや言いたいことを好きなだけ表現できる場所」として自分で家を構えた結果、ヒナちゃんへの想いが「書きたいだけ書けるだけの準備ができていない」までにふくれあがって今日まで放置していた。

重たいわ。気持ちが重たくて自分でもどん引きだわ。

そんな自分の心の声を感じつつこの文章を必死のパッチで打ち込んでいるが、やはりどんな言葉を絞り出しても「ヒナちゃんへの想いがぜっっっっんぜん伝わらねぇ!!!!!」という焦燥感を感じている。

 

 

 

私事になるが、去年のジャム魂を経てから私はずっと関ジャニ∞の曲に救われてきた。

個人的な人生の転換期を迎えるにあたってぶち当たる壁に、背中や土台を支えてくれたのは紛れもなく関ジャニ∞だった。

決して順風満帆ではないアイドル人生を歩んできた彼らから発せられる、「絶対ふりむくわけにはいかないぜ」のパワーには、どれだけ救われてきたか分からない。

ネガティブのドツボにはまりかけたときには、何度も「前向き、前向き!」と立ち上がらせてくれた。

 

「あ~、好きだ」というしみじみした感覚が押し寄せる毎日の中で、とりわけ私に立って歩く力を湧かせてくれたのはヒナちゃんの姿だった。

どんな大きな仕事にも、堂々と。でも謙虚な姿勢を忘れずに。

周囲への細やかな気配り、それを併せた豪快なベテランへの愛あるツッコミ。

いつだって笑顔を絶やさず、メリハリをもって行動し、愛嬌あるミスをしては素直に謝って、勉強熱心で勧められたものは素直に取り入れる。

アイドルであることを常に意識して行動し、発信する素直さと強かさと根性。

 

じわりじわりと私の「がんばろう」の源泉は彼の生きる姿になりつつも、私はジャニーズWESTを応援している身でこんな浮気まがいのことを…」という罪悪感で死にそうだった。

誰も責めもしないのに、「重岡さんが好きじゃないのか」「WESTへの愛はそんなものか」「浮気をしたら素焼き(by 中間淳太)」という言葉で自分の身を固め、「違うもん!本命はWESTだもん!!」という考えに固執していた。

 

そんな私にやってきた春の風物詩。そう、『If or...』の応募メールが届いた。

 

そもそもド新規の私にしてみれば、「イフオアって何じゃらほい」からスタートだったのだが、Twitterでは紫色のアカウントが音を上げて強く発光したのでただ事ではないことは察した。

とりあえず「ヒナちゃんの単独舞台」というワードだけ深く理解し、胸を高鳴らせながら応募ボタンを押したのが12月8日。

「ワシやっぱり関ジャニ∞が好きだなんだな…ヒナちゃんが好きだなんだな……」という気持ちと「まだまだ育ち盛りのWESTを見捨てるなんて非情!応援していかなくちゃ!」という気持ちのせめぎ合いで疲弊しまくっていた私は、「どこにこの気持ちのやりようを向ければええんや……」と爆発寸前だった。※自分で自分の墓穴を丁寧に掘っているだけ

 

 

そして迎えた、忘れもしない12月22日。

イフオ観劇当選のメールが届いた。

 

その瞬間の気持ちは「うれしい」「しあわせ」「泣きそう」という情緒不安定なオタクあるあるの3感情のみになってしまったが、そのときどこか別のところで自分を俯瞰して見ている自分が「そんなにヒナちゃんが好きなんだね」と呟いているような気がした。

「いや、気のせいすわ!」と普段の自分が、恥ずかしさも相まって本心に蓋をしたが、ふと、忘れていたあることに気が付いた。

「 今 日 M ス テ ス ー パ ー ラ イ ブ や ん け 」と。

 友人に震えながら当選報告LINEを行い、興奮冷めやらぬままテレビのスイッチをつける。

間一髪ギリギリセーフで彼らの出番に間に合った。

 

このあとヒナちゃんを見る。

イフオアが当たったこの日に、ヒナちゃんにテレビごしに会える。

なんなんだ。

なんだこの気持ちは。

この自分を突き動かして止まないこれはなんだ。

 

浮き足だって、妙なパニック状態にある私の目の前で、back numberが『クリスマスソング』を歌った。

 

 

 

 

「会いたいと思う回数が

会えないと痛いこの胸が

君の事どう思うか教えようとしてる」

 

 

「君が好きだ」

 

 

 

 

 

 

そして関ジャニ∞TOKIOさんが紹介され、彼は現れた。

厳密にいうと、現れていなかった。

彼は、横山さんの後ろにすっぽり隠れていた。

そんな彼を見て、私はおいおい涙を流した。

「そんなあなたが好きだ」と。

 

前に出て自分を主張せず、影でメンバーのコメントに補足や合いの手を入れるあなたが。

村上信五が好きだと強く感じた。

二股であるとか、浮気であると自分で自分を責めて「ヒナちゃんが好きだ」と言わずに遠巻きに彼を見ていたが、もう自分と彼に嘘をつけなかった。

私は村上信五が好きだ。

この気持ちに嘘偽りはないと、強く言い切れるほどの感情が一気に押し寄せたとき、彼は普段と変わらない笑顔で歌った。

 

「おはよう また会えた ほんとさ」

 

 

 

ヒナちゃん、今日という日を逃してはあなたへの愛を文章にのせる日はないと思い、こんな次郎系豚骨ラーメンみたいな記事を挙げました。

今日初めて高槻に行きました。

DVDをしこたま買いました。

お祝いメッセージを書いてきました。

「私の人生に会いにきてくれてありがとう」と書きました。

それがなんなんだと。それがどんな意味があるのかと普通の人は感じるでしょう。

それでも私は、今日という日を経て、明日も強く生きていけます。

 

ヒナちゃんのそばに、いつも幸せがありますように。

お誕生日、おめでとうございます。

 

2018/01/26

 

 

 

あの夜のことを

風も冷たい9月の夜のことを。

 

 

私は東京にいた。

東京は池袋、サンシャインシティ

隣には桐山担の友人。

「大切な自担の舞台があるねん」と言い、チケットをもぎ取ってきた。

「あなたと一緒に舞台を見たいし、お祝いしたい」と贅沢な依頼を受けて、私たちは東京に降り立った。

そして、舞台はサンシャイン劇場

松本幸四郎主演『AMADEUS』

私たちは、最前席のセンターにいた。


※ネタバレありません※

 

 

「5番席だから、いい格好をしなくちゃね」と話していた私たちは、おろしたてのワンピースと普段は付けないような装飾品を身につけて出発した。

良い席じゃないか。良い席を引き当てたね。と、笑いながら劇場にたどり着き、高揚感と緊張感で胸がいっぱいだった。

笑ってはいたものの、桐山担の友人はほぼ死にかけていた。

サンシャインシティを歩けば、所々アマデウスのポスターが掲示されている。それを見つけるたびに、友人は「オォン……」と人ならぬ呻きを漏らしていた。

彼女にとって開場までの時間は、どんな感覚だったのだろう。

 

17:30 開場

綺麗なチケットを手に、ついにホールへ。

サンシャイン劇場は、赤を基調とした美しいホールだった。奥行きがあるため、こじんまりとしつつも、狭さを感じさせない造り。

周囲にはオレンジ色のアクセサリーやかばん、洋服を身にまとった女性がちらほらといて、「あなた!あなたも桐山くんが好きなんですね?!」と静かに興奮していた。

これから舞台が始まるのね。と、ようやく実感していた。

私はジャニーズアイドルが出演する舞台に行ったことがなかったので、初めての感覚がとても楽しかった。

チケットを確認しながら自分の席へ向かう。

5番、良い席だ。

番号のふられた背もたれを確認しながら、ホールの階段をおりる。

11,…10,………おや?

だいぶ前の方だな、と気が付いたときには背筋がぞわっとするような感覚が走った。

8,……7,………6,…………。

 

最 前 席 や な い け 

 

席に到着してからの記憶が少々ぶっ飛んだ。

友人は「イッタン ソトニデヨウ」と言い、二人でそっと席を離れた。

自販機が置かれた通路に、二人で無言で集まる。

止まっていた息を吹き返すように、「えぇっ????!!!」と声が出た。

どうしよう、どうしよう。とりあえず楽しもう。そうだ、楽しもう。でも5番と書いてるやん。こんなん聞いてへんやん。最前線なんてアイドルを応援して初めてのことやねんけど、私このあと死ぬのかな??????????遺書か、遺書を準備すればいいのか?????????????????

分かりやすく我々はパニックに陥った。

とりあえず自販機で水を買い、後悔のないようにと話し合ってホールへ再び入った。

座席に戻って、私はホールを振り返った。

広い。大きい。たくさんの人。

そうか、舞台からはこんなふうに見えるのか。

舞台の上から見るのとはまた違うとは分かってはいるものの、最前席で振り返ってみた観衆の景色を私は目に焼き付けた。

舞台ギリギリのライトが、最前席にもあたる。

なんとなく、自分も舞台のライトに照らされている感覚になって、妙に張り切った。

ジャニーズWESTのファンとして恥ずかしくない立ち振る舞いを」と、誰も見ていないくせに背筋を普段よりグッと伸ばした。

ちょっと背伸びして買ったワンピースを着てきた自分を心から褒めた。

今まで(ジャニーズに関係の無い)数多くの舞台やミュージカルを観てきたが、最前線は生まれて初めてだった。

舞台の上の大道具、小道具が見える。こまかく見える。

舞台を彩る飾りもよく見える。最前線は、舞台との境界線が曖昧だ。

果たして自分は、正気を保ってられるのか。なんて思い詰めるほどソワソワしてきた中で、主役がそっと現れた。

 

誰も気付かないくらいそっと。

そっと、カーテンの中から松本幸四郎が現れた。

そして、そっとそっと舞台中央の椅子に座った。

私はその瞬間を見たのだ。

 

隣の友人の肩を殴るように叩いて、「来たよ?!!」と指さした。

開演まであと10分ほど。もう始まったのか。

彼は、観客が「楽しみだねー」「トイレ並んでた!」「照史くんはさー」という、話し声に耳を傾けて開演までの時間を待つのだ。

あまりのことに、私は食い入るように彼の後ろ姿を見つめた。

なんとなくこの場に不似合いな気がしてたまらず、自分のシルバーのネックレスをそっと外して鞄にしまった。

 

そして18:00 開演

アマデウスが始まった。

最前席の景色、それは『その世界観への立ち入りを許された』ものだった。

私と演者の間に隔たりは何もない。

松本幸四郎演じる、老いサリエリは私を見つめる。

「どうか老いぼれの話を聞いてほしい」と、私に語りかける。

ここまで読んだ皆さんは、私の妄想や勘違いや自惚れだと思うだろう。

しかし、最前席は『私のために話してくれる』と感情移入できる場所なのだ。

演じる所作の一つとして、演者は視線を観客へ流す。その流れの中に自分の身を置くことができるのだ。

こんな贅沢があっていいのだろうか。と、私は末恐ろしく感じた。

流れる汗のひとつ、激昂して出た飛沫、紙の擦れる音。

それら一つひとつが目に見えて、耳に届く場所。最前席。

私は圧倒された。

 

中休憩へ入る直前に、サリエリが楽譜を放り出すシーンがある。

それが飛んで、私たちの目の前に滑って止まった。(舞台からは落ちなかった。滑り止めがあったのかもしれない)

そしてサリエリが舞台から去り、ホール内が明るくなる。

観客がそれぞれふーっと息をついてから会場内は普段の様相へ戻った。感想を言い合ったり、トイレへ立つ中、私はそっと楽譜に近寄った。

もちろん触ったりはしない。ただ、「アマデウスが書き込んだ楽譜」なんて、これから一生目にすることはないだろう。私の目の前に滑り込んできたのもなにかの運命。私は楽譜を覗き込んだ。

そこには、緻密に書き込まれたスコア。

様々な楽器のパートを、手書きで多量の音符が埋めている。

これをアマデウスが書いたのか。そして、サリエリを絶望へ叩き込んだのか。

舞台袖から現れた宮廷の衛兵たちが、丁寧に楽譜を回収していくまで私は呆然とした。

そして、再度身なりを整え、足を揃えて着席した。

普段は、ガハハと大声で笑いながら足もきちんとしまえないような女だ。それが今では、「きちんとせねば」という責務で人知れず緊張していた。

頭の中は、演者たちの言葉や所作がリフレインして止まらなかった。

最前席に座っている私は、日本ではなくオーストリアにいるようだった。

 

終演までの怒濤の迫力を見届け、カーテンコールにキャストたちが全員現れた。

なんと最後のカーテンコールはスタンディングオーべーションだった。

誰とも言わず立ち上がり、私たちも万感の思いで立ち上がり拍手した。

目の前には桐山照史くんが、客席を眺めて「すごーい」と嬉しそうにお辞儀する。とても近い。

「私たちはあなたを応援しているんだよ。ここまで呼んでくれてありがとう」

と、心の中で呟いた。

桐山くんと目があった。もちろん、彼の無意識な視線の中の一人として。

それでも、拍手して彼らがカーテンの中へ消えてゆくのを最後まで見届けられた私の胸中は満たされていた。

近くて良かったと一概に言いたいのではない。桐山くんが近くて最良ではない。

本当に偉大な舞台だった。

日本で長く愛され継がれてきた『AMADEUS』の舞台は、観る者に強い感情をぶつけて響かせてくれる。

私はこう生きた。あなたはどう生きる。

そんな言葉にならない想いを、舞台全体と体いっぱいを使い、心を剥き出しにして私たちに伝えてくれた。

陳腐な言葉だけれども、まさに不朽の名作だった。

 

誰もいなくなった舞台を、友人はいつまでも見つめていた。

ひとしきり見つめた後、そっと小さく礼をした。

ホールから立ち去る直前にも、名残惜しそうに振り返りまた小さく礼をした。

愛が美しいな、と私は思った。

 

人で溢れかえった会場をかき分けながら私たちは黙って歩いていた。

後ろで若い女性が「よく分かんなかったから寝てた」と笑いながら話しているのが耳に入り、一番最初に聞いた感想がそれだったことが悔しかった。

どんなことから言おうか。

この想いをどう伝えればいいだろうか。

少し考えながら会場を出て少し歩いた先で、私はありったけの想いをこめて友人に言った。

「私たちの誇りだね」と。

 

 

結局この記事は、私の自慢話だけの嫌味ったらしい内容で終わるのかもしれない。

最前席が当たってうれぴー!わーい、わーい!!

という、周囲の人間をただひたすらマウントするゴリラのような記事になったかもしれない。

でも、まだ最前席を座ったことのない人は感じたことがないだろうか?

「最前席の人はどんな気持ちなんだろう」と。

後ろの席に座り、舞台を見つめて、自然と「最前席の人は幸せだろうなぁ」と、ぼんやり羨望したことはないだろうか。中には悔しくて憎く感じる人もいるだろう。

私もコンサートはいつも天井席なので、アリーナ席や通路近くの席の人が羨ましくて仕方がなかった。

そこから見える景色は一体どんなものだろうと、想像をめぐらせたりしていた。

この記事は、そんな疑問に少しでも応えられれば幸いだし、私自身としては「あの景色を忘れたくない」という気持ちで書き上げた。

ちなみに最前席に行くと、「生きていて良かった」「明日からの日々のために、今夜があった」と生きる希望が油田のように湧き上がるので(当社比)、皆さんどうか生き長らえて最前席に行ける日を待ってください。

 

 最後になりましたが、桐山照史くん。舞台W主演の抜擢おめでとうございます。

我が軍の俳優枠切り込み隊長として、これからも ますますのご活躍を応援しています。

 

 

関ジャニ∞の歌う『宇宙に行ったライオン』からの『象』のことを

あっという間に10月も後半へさしかかっています。

これはもう、地球の自転スピードが年々上昇しているのではないかと疑うレベルの早さですね。

そりゃ我が軍の最年長も三十路へ到達したわけです。

私は、現在オタ活動以外がドタバタしているため、「まとまった時間オタク活動できないのではないか…」と危惧していましたが、心の均衡を保つためにはやはり推しの日々を見守ることは必要だと気がついたので、『オタク活動ができる』ことが私の平均的なQOLとして心身の健康を守っていきたいなあと最近感じていました。

なんの話でしたっけ、そうそうすばるくんのことでした。(藪からスティック)

ここのブログでは散々渋谷すばるすごい…尊い……」みたいな内容ばかり書き連ねているんですが、実は私は村上信五推しなんです。信じてもらえないかもしれませんが、仕方がありません。
何故なら今回も渋谷すばるすごい…尊い……」みたいな内容だからです

エイターの皆さんも格別の思いで聴いていると思います。

すばるくんと、二匹の獣についてです。

 

 


【宇宙に行ったライオン】

 

 

bulistein.hatenablog.com

以前ここでもジャム魂の感想を書き殴っていたので細かい感想ははしょりますが、このコンサートが終わって家に到着したと同時に、速攻でコンサートのセトリを組んだプレイリストを作ってiPodにぶち込んでいましたーー!!!!!!!(魂のシャウト)

数ヶ月はジャム魂の余韻から抜け出せられなかったので、通勤はもちろん外出して音楽をかける際は必ずこのプレイリストを通常再生(シャッフルなし)で延々と聴いていました。

ところがある日の朝、通勤途中にふと「何も出来ない事以上に 何も知らない事を知ったと涙を堪えて叫ぶように歌うすばるくんの歌声に強い説得力を感じて、ずっと耳に残っていました。

なんとなくふんわりとした感覚で、「この楽曲はすばるくんのために作られたんだな~」と納得しました。頭おかしいオタクの独り言なのであまり気にしないでください。

 

ざっくり言うと、この楽曲は渋谷すばるのジュニア時代から現在に至るまでの変革を描いた」と思っています。

過去の雑誌からかき集めただけの情報で全てを論じられるとは微塵も思っていません。

でもジュニア時代のすばるくんがMステでソロを披露し、世間から大注目を浴びたその日から、彼は檻を壊して地元大阪の草原を飛び出していったのではないかと思います。

そこで彼は「何も出来ない事以上に 何も知らない事を知った」と、世間から求められるものと、自分の持つ力の差に打ちのめされたのかもしれません。

「俺はこんなもんじゃねーと 涙を堪え叫んだ ガオー!!」とJUKE BOX魂で叫ぶ彼の姿が、心を揺さぶられるほど悲痛なものに映りました。彼は一体どれだけの涙を堪えてきたのか、新参者には推し量れません。

 

2番で彼は孤独な少年と出会います。

この「少年」は単数形なので、当初は「ジュニア時代のすばるくん」かと思っていたんですが、2番サビの「初めて得た仲間に」ですばるくんはメンバーへ振り返って指をさしていたので(JUKE BOX魂)、この孤独な少年はメンバーを指すのかもしれません。

(2番歌詞ではデビューをした時期と仮定します)

少年を「背中に乗せ アスファルト進んだ」とするのは、まさに関ジャニ∞といえば渋谷すばる」という世間からの認識を、一身に背負うすばるくんの姿を彷彿とさせます。

しかし一周して戻ってきた大阪という草原で、彼は大阪色を前面にしたコミックソングばかりをあてがわれ、グループはお茶の間に「関西のお笑いジャニーズ」として認識されます。

彼は「世界ってこんなもんか」と悔しくて涙を流し叫びます。彼の絶望や諦めが形を変えて、「ジャニーズアイドルらしからぬファッションや態度」を生み出していたのかもしれません。(※歌詞から見た個人のただの憶測です)

その時、「もっと遠くが遠くがあるよ と少年は宇宙」を指します。

「もっと遠くへ遠くへ行けるよ 雲の果て 胸の奥」

ここの歌詞が本当に好きです。

この一文があって、この曲はギラッと輝いているように思います。

その少年の言葉を受けて更に力強く、ライオンは「遠くへ!!」と叫びます。

 

そしてCメロ以降の歌詞は、本当に今のすばるくんを克明に表しているように感じます。

「強きプライドの為 プライドを捨てる時

俺はこんなもんじゃねーと 震える血が滾るんだ」
もうこんなの…こ、こんなのもう…………渋谷すばる推しのみなさん生きてますかーー??!!!!!!(天に向かって)

傷つけられ打ちのめされてきた過去を経て、「こんなもんじゃねー」「震える血が滾る」までに立ち上がった渋谷すばるが本当に本当に人として尊いんですけれども、これが楽曲となっているので恐ろしい。

「ジャニーズアイドルとして生きることの決意」を固めた彼のパワーは、沼の外野にいた私に届くまでに強大でした。

 

この『宇宙に行ったライオン』は、渋谷すばるがアイドルに至るまでの経緯を描いただけにとどまらず、本人の決意表明でもあるんじゃないかと感じました。

「限界なんか壊して、遠くへ」と現状を打破するために彼は腹をくくります。

いつかのパンフレットにて、彼は「今、本当のアイドルになろうとしています」と発言したそうです。

関ジャニ∞が今より更に高みへ行くために、彼はついに進化しようとしている。そんな姿を一曲にまとめたこの楽曲のパワーが偉大です。

 

この楽曲の最後に、ライオンは「金の鬣」を揺らして叫びますが、私の中でこのライオンは、最初は普通の赤茶色な鬣だったと思っています。
そこから彼は「変わろう」とするために決意をし、さらに遠くへ旅立とうとします。

でも実は「変わろうとするためプライドを捨てた」からこそ、彼の鬣は美しい金色へと色を変えたのかもしれません。

 

メトロックでも『宇宙に行ったライオン』は披露されましたが、「遠くへ」という美しい旋律に、観客の声が重なっていてとても感動しました。

JUKE BOXで泣き叫ぶように、もがき苦しむように「限界なんか壊して」と叫んでいたすばるくんに、今は「遠くへ」と後押しする声が増えている。

そんな事実が泣けるほど嬉しかったです。

 

 

 

【象】

 

『宇宙に行ったライオン』の次にこの楽曲を持ってこなければ、私はここまで沼に落ちませんでした!!!!!!!!!!!!

 

私がムクムクと「『宇宙に行ったライオン』は渋谷すばるの姿を描いているのかもしれない…」と妄想をしていた次にこの楽曲を持ってこられたあかつきには、『象』は関ジャニ∞から渋谷すばるへのメッセージ」であると拗らせてしまいました!!!!!!

本当に、この2曲の組み合わせはずるいです。セトリを組んだ人は、しっかりと確実に息の根を止めるタイプのアサシンなんだろうなと思います。

そもそも〈やすば強火モンペ組合員〉に所属している私にとって、歌い出しから「どうして簡単に蹴散らせるハズの 人間のロープに怯えてるの?」とファ●キンポーズをとる安田章大で息絶えているので、この曲は本当にすごい。

横山くんの「心まで躾けられた悲しみの記憶 本当は君に出来ないことなんてないのに」という菩薩パートに至っては、「あぁ…横山くんに肯定してもらえて私うれぴ……」という気持ちよりも、「ありがとう…すばるくんの親友でいてくれてありがとう……………」というクソ拗れた感想を抱くまでになっています。もはや自分に歌詞をあてがうことをやめているので、ついて行けない方は本当に気持ち悪くてごめんなさい。

 

そしてサビでは、メンバーがすばるくんに「段々僕ら強くなってく 案外どんな夢も叶えられるよ」「10年後またここで会おうよ そんときは今よりずっと笑っていよう」と、約束します。
そしてやすばで「きっと きっと」と願うようにハモるサビのラストは、グッと熱いものが胸に迫ります。

 

メンバーからのメッセージを受けて、ようやくすばるくんのソロパートです。

「孤独はコンプレックスのせいじゃない 鼻や耳の形は関係ない
閉ざされた心のドアは 内側からしか開けらんない」

こ の 圧 倒 的 説 得 力 。

すばるくんのソロ、メインばかりだった『ライオン』を経ての『象』は、2番に入ってから初めてソロが入るという構成が完璧すぎてオタクは為す術ありません。

そしてようやく現れたソロパートで「孤独はコンプレックスのせいじゃない」と開口一番に言われるの…本当に……本当に彼は………渋谷すばる推しのみなさん生きてますかーー????!!!!!!!!!!(2回目)

 

個人的に、「物事をしっかりと見据えて、包み隠さず白は白・黒は黒と断言できる力」のある大倉くんに「『叶えられる』と信じることを皆怖がる」と言われることが刺さるのなんの。先日のラジオの件しかり、彼は聡明で優しく、強かだからこそあれだけの発言ができるのだと思いました。

そして戦友であるヒナちゃんに「本当は君を縛るものなんて何もない」と言われることのメッセージ性。「ヒナがいるからバラエティで自由にできる」と発言していたすばるくんを思い出します。

それらの力強い言葉を受けて、エイタメ魂ですばるくんは覚醒します。

「その足で踏み出せ!世界は変わる!」

 

今まで独りで関ジャニ∞の歌唱力を底上げしてきた彼が、長年を経て実力と実績を兼ね備えたメンバーからの言葉と力を受けて叫びます。

「変わろう」とするため己の限界を壊し、今よりもっと遠くへ歩もうとするすばるくんに、関ジャニ∞の6人が追いつき、全員隣に並んで共に歩み出そうとしているようでした。

準備は整った、その足で踏み出せ。世界は変わる。

すばるくんは、そんな確信を得たように見えました。

 

でもエイタメ魂の『象』で一番衝撃的だったのは、6人が目を見張るような歌唱と演奏テクニックをもって、すばるくんに全く負けず劣らずのパフォーマンスを披露していたにもかかわらず、メンバーからのパワーを受け覚醒したすばるくんの「その足で踏み出せ!」という圧倒的なパワーが群を抜いていたという事実です。
渋谷すばるに天井は無いと、このとき強く感じました。

 

 

~そして始まるマイレボリューションやすばタイム~

 

 

エイタメ魂で流した安田くんの涙の意味を探しています。

探しても見つからないことなんて知っているし、「探すなんて野暮よ!」と叱咤されること請け合いなんですが、私は『宇宙に行ったライオン』からの『象』という流れで涙した安田くんに関しては野暮な人間になります。

 

さきほど仮定として、『象』は「関ジャニ∞から渋谷すばるへのメッセージ」なんて偉そうに言い切っていましたが、この安田くんのソロパートは本当に切実にすばるくんへのメッセージのように感じます。

「傷跡かくして微笑む 君の優しさを知っているよ」と、涙ながらに歌いきる安田くんが素敵でした。

エイタメ魂オーラスで、『象』の演奏直前に感情が高ぶり突然ギターソロを始めた安田くん。それに応じるまるるのベースと大倉くんのドラム。観客のクラップと、すばるくんのビブラート。

終焉へ向かう気持ちが最高潮に高まり、涙してしまった彼の純粋さには毎回気持ちよく感動できます。

そしてなにより安田くんは、すばるくんの覚醒した歌声に感受性を揺さぶられたのではないかと思います。

 

「今の関ジャニ∞なら踏み出せられる、世界を変えることができる」

『象』において、メンバーからメッセージを受ける側でもあったすばるくんからの、そんな力強い言葉を投げかけられて更に「10年後またここで会おうよ そんときは今よりずっと笑っていよう きっと きっと」と約束し合えることの幸福感は想像を絶します。

憧れだった存在に、一人のメンバーとして認められることへの喜びの涙でもあるのかなぁとオタクは勝手に思いました。

 

そしてすばるくんは、安田くんのソロパートを受けて「産まれてくれてありがとう 独りきりじゃないよ」と歌い上げます。

2番歌詞で「孤独はコンプレックスのせいじゃない」と歌っていた彼が、「もう独りきりじゃないよ」と歌う。これほどまでに胸を打たれる歌詞構成があっただなんて。高橋優さんありがとう。感謝永遠に。

 

やすばパートの「きっと きっと」で締められる『象』ですが、「きっと」の意味合いが冒頭部分と異なることが印象的でした。

冒頭ではすばるくんに語りかけるように(妄想)、「今よりずっと笑っていよう」と歌い「きっと」と約束します。これは前述したように、「今は無理かもしれないけれども」という気持ちを前提にした「願い・祈り」の意味が大きく含まれた「きっと」のようにも感じます。

それが、Cメロの涙なくして聴けないやすばパートを経てからの「きっと」は、固く約束された「希望」のようにも受け取れます。

 

「そう今でも段々僕ら強くなってく 案外どんな夢も叶えられるよ」と、自ら培ってきた唯一無二の武器を手に、独り闘うすばるくんに呼びかける6人のメンバー。

「10年後またここで会おうよ そんときは今よりずっと笑っていよう」と、約束します。
それに対しすばるくんは「閉ざされた心のドアは 内側からしか開けらんない」と、一旦メンバーからの言葉に対して冷たく返します。

それを受けて、メンバーは2番Bメロで「『叶えられる』と信じることを皆怖がる 本当は君を縛るものなんて何もない」と、すばるくんに諭します。

メンバーは「これからもどんどん君が素晴らしくなる 案外どんな場所にだって行けるよ」とすばるくんに伝えます。それを受けて、すばるくんも「その足を踏み出せ!世界は変わる!」と確信めいていくのです。

そして優しい旋律のCメロで、安田くんは今まで独り闘ってきたすばるくんへ言葉を手向けます。

「傷跡かくして微笑む 君の優しさを知っているよ」

そしてすばるくんは、こう返しました。「独りきりじゃないよ」

そこから関ジャニ∞はひとつとなり、「10年後またここで会おうよ そんときは今よりずっと笑っていよう きっと きっと きっと きっと」と何度も約束し合います。

それは単なる願いではなく、希望です。

俺たちならできる。やってやろうぜ。という、関ジャニ∞の熱い約束を一つの楽曲を通して見せてもらえたような感覚です。

 

 

『宇宙に行ったライオン』からの『象』だけで、オタクは好き勝手言いたい放題なんですが、彼らのみせる音楽の風景が艶やかで鮮明だからこその妄想なんです。

もしかしたら、渋谷すばる自身の歌なのかもしれない。

もしかしたら、渋谷すばるへ向けたメンバーからの歌なのかもしれない。

そう思わせるだけのメッセージ性と、歌唱力と、演奏技術を兼ね備えた関ジャニ∞だから、私が鼻息荒くあれこれ言っているだけです。


音楽のレベルが飛躍的に向上した6人と、音楽に愛される渋谷すばるが合体した関ジャニ∞が、これからどう覚醒していくのかが本当に楽しみです。

私が思っている以上に、彼らの音楽の力は無限だと思います。

関ジャニ∞が私の人生に会いに来てくれて良かったと、いま心から思っています。

最後になりましたが、何も知らない新参者がえらそうに失礼しました!!

 

 

みなさんは、二匹の獣に何を感じましたか?

 

 

 

という気持ちだけではいけないこと

私は謝らなければいけない人がいます。
それは私の友人。
そしてエイタ―の皆さんです。


「おっ、担降りか??」と思われた方もいるかもしれませんがご安心ください。オタクは今日も元気です。

まず、前提として書いておきたいことは、
私は自他共に認める『めちゃ気にしぃ精神』を抱えているので、「おいおい考えすぎだろ」と思われることで延々と悩んでしまう傾向があります。
だから今からボソボソ書き連ねることも、もしかすると実は何のこっちゃぁないことかもしれません。ただの私の思い過ごしかもしれません。


でも、だからこそ、私は友人である彼女に面と向かって、「ごめん」と言えないのです。
今回のことは久々に「やっちまったなぁ!!」と感じたので、忘れないようここに残しておきます。

 


結論から言うと、関ジャニ∞の【布教】に失敗しました。
すみません、エイタ―の皆さん。私には布教の腕が足りなさすぎました。
それどころか、申し訳ないことに友人は関ジャニ∞のことが嫌いになったかもしれません。
嫌いとまでは言いきらなくても、何らかのネガティブイメージを持ってしまったかもしれません。
布教以前の問題です。
「お前なんて無茶な布教をしたんだ」
「『24時間耐久ライブDVD観賞会』でも敢行したのか」
「ゴリ押し布教をするなとあれほど」
と、読んでいる皆さんは思っているのでしょうか。
違うんです。逆に、私は彼女に何も布教していません。
やったことといえば、ジャムのCDを貸したことと、「ラジオ放送中にホラーVRを体験して恐怖の雄たけびをあげる大倉忠義の動画」を見せただけです。
(ここまで書いて、「もしかしてこれも原因か」と感じています)

 


彼女はジャス民です。
私と一緒にジャム魂へ行ったジャス民の友人(丸山推し)とはまた違う人です。
丸山推しと私と友人の三人は共通の仲で、去年はジャニーズWESTで大いに盛り上がった関係です。
今年の夏から、私はジャム魂に誘った丸山推し関ジャニ∞の応援が熱くなり、友人は取り残されてしまいました。
ジャニーズWESTも、誘われて好きになってくれた経緯がある友人なので、今回の関ジャニ∞のことも好きになってもらえるかなと思っていました。
でも、新しい仕事環境に置かれたばかりの彼女にそんな余裕はなく、「あまり興味が持てない」と言われました。
それでも「メンバーの顔と名前がまだ一致していないし、そこらへんを知りたいかな」とも言ってくれたので、私は「じゃあまた落ち着いてゆっくりDVDでも見ていこう」と伝えました。
しかし結局それから幾日経っても、私は友人と一緒にライブDVDを観る時間を取ることができませんでした。

友人との時間を確保できないまま、私は丸山推しの子と関ジャニ∞のことを追いかけました。
新曲発表のこと、出演した番組のこと、ラジオで語られたこぼれ話のこと、雑誌の盛れ具合のこと。
それはとても楽しくて楽しくて毎日が明るく感じられていましたが、友人のことを私は取り残したままでした。
あろうことが、三人で集まっているときも「そういえば関ジャニのね…」と話しをしていました。
私にとっては少しだけの関ジャニトークも、何も知らない彼女にとっては苦痛だったと思います。
普段何も口を挟まない彼女が、「私を挟んで関ジャニの話はしないでね」と言うようになりました。
我慢の限界が近かったのかと思います。

 

ある時、丸山推しの友人が「ハマってみようと思ったのなら言ってね。全力で応えるから」と言ったとき、

彼女の答えは『無言』でした。
頭の足りない私は、ようやく「やってしまった」と気づくことができました。

 


大倉くんのことが気になっていた彼女に、私はもう少し歩み寄れなかったのか。
「興味がない」という言葉だけを鵜のみにして、布教を怠ったのではないか。
いえ、そもそも布教以前に友人としての配慮が足りなかった。

人として最低な行いをしてしまった。
どうすれば良かったのだろう。
遠慮せずにライブDVDを見せていれば。
時間をかけて紹介シートを作っておけば。
そんな「たられば地獄」に突入しています。
たらればと思っていても結局は過ぎてしまったことなので、これから少しでも関ジャニ∞の印象が良くなるように彼女へ歩み寄っていこうと思います。
エイターの皆さん、私の未熟さのせいで関ジャニ∞の印象を悪くしてしまって本当にごめんなさい。


自分の好きなものを嫌いにさせてしまった悲しみを忘れないために、この場を借りて言葉にさせていただきました。

 

甲本ヒロトが好きな渋谷すばると私のことを

THE BLUE HEARTSのことを好きなだけ語らせてほしい。

THE BLUE HEARTSのことが好きなだけなんだ。

 

なんせ最近になって関ジャニ∞の魅力を知った人間の言うことなので、「あ~、なるほど。すばるくんが好きだから、すばるくんの好きなアーティストとか知りたくなるし好きになりたくなるよね~~わかるわかる~~^^」と、思われること間違いなしだが違うんだ。

私がオタクへと化す以前の、唯一保持している記憶がTHE BLUE HEARTSだと言えば伝わるだろうか。

(参照:つづ井氏の『オタクになる以前の記憶が失われる』という仮説)

 

かれこれ小学生の頃から、私はTHE BLUE HEARTSのことが好きだ。

オタクになる前=紀元前という認識なんですが、私という歴史の中ではキリストが生きていた時分からTHE BLUE HEARTSのことが好きだった。

歳の離れた兄が最初にTHE BLUE HEARTSを好きになり、毎日部屋から聴こえてくる彼らの音楽に惹きつけられたのが始まり。

歌詞の意味は分からなくても、アップテンポで心地良いギターサウンドにウキウキ踊っていたくらい、猿の時代からマーシーのギターが好きだった。

国語の勉強ができるようになってからよくよく聴けば、なるほど歌詞がとても深い。深くて難しいことを歌っていたのかと思えば、ふとした瞬間に「そうか、そういうことなのか」と腑に落ちることがあった。

『どぶねずみみたいに 美しくなりたい』(/リンダ リンダ)

という冒頭一発目の歌詞には、当時心底驚いた。

なんちゅう言葉を生み出すのかと感動した。どれだけこの人は繊細で脆く、そして聡明な人なのかと思った。

子どものハマるものには興味を示さず、口も挟まない母もTHE BLUE HEARTSは認めていた。下品なものを心底嫌う公務員勤めの母が、「きっとこの人は『自分はどぶねずみよりも醜い』と感じているんやろうね」としみじみ語った時は、まあまあの衝撃だった。

 

私という人間性の基盤は、確実にTHE BLUE HEARTSであり、甲本ヒロトマーシーの生み出す言葉だった。

時には月の中の爆撃機に乗っていたし、ナイフを持って立っていたし、夜の金網をくぐり抜けたこともあったし、すでごまになったこともあった。

辛くて悲しい帰り道に「もう泣かないで」(/君のため)と抱きしめられて泣いたこともあったし、人生の大一番で「未来は僕らの手の中」と鼓舞されたこともあった。

 

それから十数年を経て、私は渋谷すばるという仲間を見つけた。

 

渋谷すばるという存在は以前から知っていたし、なんならTHE BLUE HEARTSの界隈で「ジャニーズアイドルでヒロトの熱烈なファンがいる」と聞いていた。

「なるほど、渋谷すばるという人もTHE BLUE HEARTSが好きなのか」という印象づけられれば、それ以降彼が出演するテレビ番組はなんとなく目を向けていた。

たまたまつけていた歌番組に渋谷すばるが出ていれば見る、程度の認識だった。

しかし2010年前後の彼は、まさにパンクロックを前面に押し出したようなスタイルでいささか驚いた。「そこまで好きか」「ジャニーズアイドルとしてはセーフなのか」と、若干ひいていた。

そして、なにより彼の歌い方に心底驚いた。

ジャニーズじゃないわ~!これ完全に甲本ヒロトのDNAを引き継いでいるやんけ~!!!!

という、そんな歌い方だった。発声の仕方はもちろん、歌う姿も一切飾らないし気取らない。パンクロックのスタイルとしては100点満点だったとしても、アイドルという立場でそこまでやるのは彼自身大丈夫なのか????丸坊主でひげ面だけどいいんですか??????????

と、初めて見つけたときはビビりまくった。本当に「熱烈なファン」じゃねーかと思った。それはともかくとして、彼のあやふやな生き方が見ていてハラハラさせられた。一本綱の上を渡り歩きながらテレビに出ているような、今にも爆発してしまいそうな激情がテレビカメラから滲んでいて怖かった。

パンクロックの遺伝子を受け継いだのなら、確かにそんじょそこらにいるようなアイドルとは違うよな…。と納得はしつつ、でも彼は私と同じ「THE BLUE HEARTSのDNA」を持っているのだと思えたら妙な親近感があった。

あなたも、ナイフやピストルをつきつけられても「くそったれ」と言ったことがあるのだろうか。

 

 

そこから月日は流れて、2017年5月2日。

NHK「歌謡チャリティーコンサート」に渋谷すばるが出演した。

忌野清志郎の名曲『スローバラード』をひっさげて。

 

この時点ではまだ、職場の先輩からジャム魂へのお誘いはなかったので、まだ私は関ジャニ∞の沼へダイブしていない。たまたま夕食中につけていたテレビに彼が現れ、「あれ、珍しい~」と気が付いただけだった。

甲本ヒロトと仲良しだった清志郎ちゃんの、今なお歌い継がれる「スローバラード」。

それをTHE BLUE HEARTSのDNAをもつ渋谷すばるが歌うことは少し特別だった。母も清志郎ちゃんの生み出す世界観のファンだったため、いつもよりテレビの音を大きくさせた。

 

バックにはフルオーケストラ。

彼は身一つのマイク一本で熱唱した。

 

彼が歌い終わり、拍手が巻き起こるまで、私の息は止まっていた。

母は「すごいやん!」と、テレビと一緒に拍手して絶賛していた。「この人、ジャニーズやで」と伝えると、「あらー!!?」と驚いていた。

この人は、一体なにがあったのか。

ここまで化けるのか。

たった数年で、ここまで進化するのか。

渋谷すばるという、彼自身の力がほとばしっている。完成されている。

そんな圧倒的な歌のパワーになぎ倒された私は、なんのご縁かその2ヶ月後に彼に直接ドーム内で会うことができた。

 

 

 

実は私は、THE BLUE HEARTSのライブに行けたことがない。

甲本ヒロトマーシーを目の前にしたことがない。

今でも彼らはクロマニョンズとして活動しているが、そのライブも行っていない。

THE BLUE HEARTSが骨に染みている私は、クロマニョンズの楽曲をほとんど知らない。

私は「THE BLUE HEARTS甲本ヒロト」が見たかったのだ。

 

しかし、そんなことを言っても彼らはとっくの大昔に解散しているし、二度と会うことはない。

私という人間の基盤を作り出した音楽に、永遠に会えないことは言葉にしがたい寂しさがあるが、それはもう私自身でどうすることもできないので後悔はしていない。

そんな私のひとりよがりな想いは、渋谷すばるブルースハープによって成仏された。

 

彼のブルースハープを始めたきっかけは、横山さんのトランペットだったとのちに知ったが、ブルースハープ甲本ヒロトの武器でもあった。

時に寂しく泣いているような音や、抑えられない感情を代わりに言葉にしてくれるような音で奏でる甲本ヒロトブルースハープが好きだった。でもそれは永遠に聴くことはないだろう。THE BLUE HEARTSはもういない。THE BLUE HEARTS甲本ヒロトはどこにもいない。

そうやって成仏できず、現世でグツグツいじけていた私にとって、渋谷すばるブルースハープは天啓を意味した。

 

渋谷すばるという彼自身だけを純粋に愛しているファンからすれば、私の想いなんて不純であり無粋であり、不毛に違いないだろう。

私も渋谷すばるが好きだと言ったら、大勢のファンに怒られるだろう。

けれども、「私が私自身であること」=「THE BLUE HEARTSの音楽」ならば、彼の血にもTHE BLUE HEARTSの音楽が流れているはずなのだ。大衆が愛する渋谷すばるを形成しているものの中には、確実に私の愛したTHE BLUE HEARTSが含まれているのだ。

早い話、若い頃に恋をした相手方の孫を見守るような気持ちだ。

「あぁ、目は彼女によく似ているね…」と、慈しむ気持ちでその子の頭をなでてやるジジイの気持ちなのだ。

だからTHE BLUE HEARTSに求めるものを渋谷すばるに求めることは絶対にしないし、渋谷すばる渋谷すばるなのだ。

幼かった私の気持ちや、思い出たち。それらはもう戻ってこないけれども、今もこうやって誰かの血となり肉となって生きている。ただ、それだけでいい。THE BLUE HEARTSは死んでいない。渋谷すばるを形成する要素に、THE BLUE HEARTSはほんのごく一部だとしても、彼らの亡霊である私はそれでいい。もう何もいらない。

THE BLUE HEARTSいいよね。

THE BLUE HEARTS最高やんな。

そんな報われなかった私の想いが、ただ「渋谷すばる」が生きているというだけで肯定されている。

 

 

渋谷すばるの中に流れる、ほんの少しの血を思って。

今日も、彼の歌う姿が誇らしい。